頭をフル回転させて出した悪口は、やかんだった。
小学生の時の話だ。
善悪の頓着がなく、最近知ったことをすぐさま語りたがる多感な時期。
当時同じクラスだった ゆうや という名前の男の子がいた。
その子は一言でいうと小さな不良みたいな子だった。
言動は少々荒れていて、乱暴者で、いたずら好きで、嘘つきな子だった
ガキ大将みたいなのは別でいたので、ガキ少将というほうが適切だろう
いじめというほどではないが、私も何回かいたずらされたものだ
絵を描くのが好きだった私のホウオウ(ポケモン)を見て下手といったときもある。
その時に私は泣いてしまった。しかし下手といわれたことに泣いたのではなく、筆箱を取られたことに泣いていた気がする。
だが周囲の子はそれを知らず、なぜか筆箱取られたことで冷静に話せないほど泣いて取り乱していたので、周囲の子の目撃情報でそういうことになってしまった。
詳細な理由は思い出せないし、そもそも下手といわれた覚えもない。が、そこは絵を下手って言われたことで怒れよと思う
まあとにかくそんな感じのやんちゃな子がそばにいた
ある時その子は私に向かって言ったのである。
ここで私の名前を「ゆうき(仮)」とする。
その名前を、ゆうやは
「ゆうきんたま」
と呼びやがったのだ。
これは当時の私からしたら大変な侮辱で、もうはらわたを煮え繰り返している鍋をひっくり返そうかと思うほどであった。
しかもそれにつけ加えて、なんと
「ゆうきんたまドッコイショ」
と、キンタマに飽き足らずドッコイショまで付けやがったのだ。
これにはもう顔は深紅に染まり切り、怒張しきった額の血管はあまりの血圧に裂け、飛び出た血流が校庭のすべて花壇の水やりになったほどだ。あまりの怒りに汗は体外に出るや否や蒸発し、怒髪は金色に輝いて天を貫き宇宙に到達し、当時宇宙をさまよっていたハヤブサを助けたらしい。
こんな屈辱をうけてだまったままではいられない、このガキ少将をなんとかしてこらしめてやりたい、ぎゃふんといわせなければ気が済まない
そう思った私は、まず同じ土俵に立ってやり返すことにした。
相手の名前はゆうや。
つまり…
私は頭をフル回転させた。「ゆうきんたまドッコイショ」クラスの悪口を何とか引き出してこいつを懲らしめてやろうと。
そしてついにひねり出した。
「ゆうやかん」
どうだ。
やってやったぞ。
ゆうやかん
ざまあみろ!ぎゃはは!
当時の私は割と真面目にそう思っていた。語彙力の限界がだいぶ低かったのだがそれにすら気が付かなかった。あるとき「ゆうきんたまドッコイショ」といわれたときに「うるせえ!ゆうやかん!(ドヤァ)」とかえしたはずだが、何も反応はなかった
結局悪口はいう側がどう思っていたか、言われる側がどう思ったか
ということに収束するのだ
悪口を言った側に悪意がないならいくら促しても反省しないし、どんな悪意を持って悪口を言っても言われた側が気にしないのなら悪口にはならない
ゆうやは、無敵に見えた
それに比べてきんたまでダメージを受けている自分のほうこそ、弱い
ぼんやりとそんなようなことを思い、やかん呼びを静かにやめた。